
2016/4/26
青い部屋企画事務所より、戸川昌子ファンの皆様へ。
4月26日、午前5時47分。戸川昌子が永眠いたしました。死因は胃がんでした。
皆様には生前、戸川昌子のことを愛してくださり、心より感謝しております。
癌の痛みと闘いながらも、最期は安らかに眠るように永眠致しました。
NEROより
「最愛の母、戸川昌子が今朝旅立ちました。 5年前に末期癌の宣告を受け、家族二人で何度も話し合った結果、最後までステージで歌い続け、戸川昌子らしく生きたいとの本人の意向を受け活動しておりました。
その意志通り、母が入院する前日まで、共に「青い部屋 月曜シャンソンコンサート」のステージに立ち、一緒に歌って来れました。
戸川昌子の生き様を最後まで貫いた、立派な人生だったと思います。 母でありシャンソンの師であり、また仲間のようでもあった母の旅立ち。 その魂は僕の、そして皆様の心の中で生き続けることでしょう。 今は心からの感謝を込めて、送ってあげたい。 ありがとう、僕のママン。」
以下、オフィシャルの訃報としてお送りさせて頂きます。
戸川昌子は5年前に末期癌の宣告を受け、それを押して活動してまいりましたが、今年1月から痛みを発するようになり、病院にて緩和ケア治療に取り組んでまいりましたが、本日永眠いたしました。
この5年間、人生の総仕上げ、そして次世代にそのスピリッツを継承するべく活動を続け、NEROと共に「遺歌」として2枚のシャンソン=唄アルバムを発表。
1967年に創業した伝説のサロン「青い部屋」のマダム
としてのエピソードをYOUTUBEで配信するなど、精力的な活動を行っておりました。
女流作家、歌手、サロンのマダム…様々な顔を持って活動してきた戸川昌子。
どうぞ皆様、戸川の遺した彼女らしいメッセージを受け取っていただければ幸いです。
戸川昌子を応援し、愛してくださった世界中のファンの皆様に心から感謝を。
青い部屋企画事務所
2016/4/27
皆さまより、沢山のお悔やみメッセージが届いております。
今改めて、戸川昌子がどれだけの人達に影響を与え、そして愛されてきたのか痛感しております。
弔辞シリーズ1 美輪明宏
戸川さんとの出会いは「銀巴里」でのこと。当時、「銀巴里」がいつも満員で多くの文化人が集っていたころ、バンドマスターが素人の飛び入り企画を考案。その時に参加した一人が伊藤忠商事でOLをしていた戸川さんでした。
普通、シャンソンを歌う方の声はソプラノが多いのですが、彼女は珍しくアルト。それを聞いた私が数日後、バンドマスターに「お店のレギュラーに加えた方がいいのでは」と推薦しました。当初はOLと掛け持ちでお店に来ていましたが、すぐに「私、歌手になります」と決心を固めたようです。
その後、お付き合いをしていた男性のアドバイスもあり、小説を書き始めました。その作品の一つが「大いなる幻影」です。江戸川乱歩賞を受賞した時は、表彰式に彼女の母親とともに私もお祝いに駆け付けました。会場で「バラ色の人生」を歌って祝福したことを覚えています。
そして、この度訃報を聞き、驚いた次第で御座います。しかし昌子さんは自分が生きたいように、自由に生き抜いた人生だったので、さだめし満足して旅立った事と愚考致して居ります。子供の頃にお目にかかった御子息も、今や立派にやって居られるようですし、さぞかし成佛しておられる事と存じます。
心よりご冥福を御祈り致します。(美輪 明宏)
弔辞シリーズ2 なかにし礼
戸川さん、あなたは私にとって常に前を歩む先輩でした。
私は戸川さんの後ろを追いかけて青春時代を過ごしました。
やがて二人は親しくなり、シャンソンを愛する銀巴里時代の友として楽しく語り合う日を過ごすようになりました。
私は戸川さんのためにたくさんの訳詞をしましたが
作家である戸川さんが、若輩者の私に訳詞を頼むと言う
その事が、どんなに私を勇気づけてくれた事でしょう。
その時の事を思うと感謝の気持ちでいっぱいです。
戸川さん、優しくして下さってありがとうございました。
天空にあっても、自由自在に、好き勝手に、言いたい事を言って、大酒を飲み、大口をあけて笑って、いい作品を書き、いい歌を歌い続けて下さい。
あなたの戦友の一人、なかにし礼。
弔辞シリーズ3 美川憲一
◆美川憲一(歌手)の弔辞
突然の訃報をロスアンジェルスで聞きました。只悲しみで一杯です。振り返れば戸川さんとの出会いは50年前でした。あの頃の戸川さんは女性としてもイケイケでかっこ良かったです。私はまだ若かったので背伸びしながらお付き合いさせて頂きました。
戸川さんからお姉さんに変わり、その後姉さんと呼び方が変わりました。戸川さんは何時もケン坊と私に呼びかけて可愛がってくれました。
話が盛り上がると“お前さんはさあー”とか、姉さん口調になるのが私は大好きでした。毎年パリ祭ではご一緒させて頂く時、楽屋が隣同士でしたね。時間の合間を縫って色んな話をしました。
癌に侵されながらも、そんなものに負けるかという姿勢の精神力の強さに驚きました。でも普段の様に楽しく振る舞っている姉さんを見て改めて凄い人だなと尊敬の念にかられました。
ネロ君が御結婚された時も母親と息子の葛藤があり、ネロ君も随分悩まれていた時、私もお二人の間に入りお話をさせて頂きました。けれどお孫さんが産まれ最後は孫の顔をみて、家族を持ったネロ君の姿をみて安心されたことでしょう。
姉さん、闘病中は、痛かったでしょう、苦しかったでしょう、辛かったでしょう。今はきっと安らかに眠っていると思います。どうぞ天国からネロ君家族を見守ってあげ続けて下さい。本当に仲良くして頂いて有難うございました。
ロスから 美川憲一
弔辞シリーズ4 菅原洋一
戸川昌子さん!
思えば長い年月を、ご一緒させていただきました。 出逢った当時は、新宿歌舞伎町にあった、”ラ・セーヌ”や”コンサートホール”のステージで、貴女がシャンソン、ボクがタンゴを歌い、それから60年近くが経ちました。
姉御肌の貴女は、いつもボクたちをリードしてくれました。 貴女の残してくれた歌声は、ボクたちの胸に残っています。 会えて良かった。
菅原洋一(歌手)
プロフィール
戸川昌子 O型 牡羊座
東京都出身。
1957年、英文タイピストを経て歌手へ。62年、銀巴里などで歌うかたわら筆した『大いなる幻影』で江戸川乱歩賞を受賞し、作家としてデビュー。100冊近い著書があり、そのうちの6作品が世界8カ国語に翻訳され、オーストラリアでは『マスターキー』が世界演劇祭出品作品に選ばれるなど、世界的に評価を受けている。また、『11PM』や『プレイガール』など多数のテレビ番組にも出演。1967年から2010年まで、伝説のサロン『青い部屋』のオーナーを務め、03年には青い部屋の歴史を綴った単行本『青い部屋』も発売。現在も『青い部屋』の伝統を引き継ぎ、全国各地にてコンサートを開催している。04年ピエール・バルーも参加したCD『ラストチャンスキャバレー』を発売。今年2月には嫡子NEROとの共同名義にて『商売やめた/戸川昌子×NERO』を発売した。
戸川昌子ツイッター→ https://twitter.com/kebaneko
★歴史★
1957年(昭32)、英文タイピストを辞め、シャンソン歌手となる。
1962年(昭37)、「大いなる幻影」で第8回江戸川乱歩賞受賞。
1963年(昭38)に刊行した「猟人日記」が、1963年(昭38)に第50回直木賞候補となる。
のちに日活から映画化され、出演。また、同名の歌がサトーハチロー作詞によりレコー
ド化されたが、お蔵入りになる。
1963年(昭38)に「宝石」に発表した「闇の中から」は日本推理作家協会の「推理小説
ベスト24 1964年版」に収録される。
1964年(昭39)に「オール読物」に発表した「緋の堕胎」は日本推理作家協会の「推理
小説ベスト24 1965年版」に収録される。
1965年(昭40)に「小説現代」に発表した「黒い餞別」は日本推理作家協会の「推理小
説ベスト24 1966年版」に収録される。
1966年(昭41)に「オール読物」に発表した「蜜の味」は日本推理作家協会の「推理小
説代表作選集 推理小説年鑑 1967年版」に収録される。
1967年(昭42)に「オール讀物」に発表した「裂けた眠り」は日本推理作家協会の「推
理小説代表作選集 推理小説年鑑 1968年版」に収録される。
1967年(昭42)に刊行した「蜃気楼の帯」が、1968年(昭43)に第21回日本推理作家協会
賞の候補となる。
1968年(昭43)に「文藝春秋」に発表した「円卓」は日本推理作家協会の「推理小説代
表作選集 推理小説年鑑 1969年版」に収録される。
1969年(昭44)に「オール讀物」に発表した「処刑された沈黙」は日本推理作家協会の
「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1970年版」に収録される。
1970年(昭45)に「オール讀物」に発表した「黄色い吸血鬼」は日本推理作家協会の
「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1971年版」に収録される。
1970年(昭45)に「小説現代」に発表した「夜嵐お絹の毒」は日本文藝家協会の「代表
作時代小説 昭和46年度」に収録される。
1971年(昭46)に「小説現代」に発表した「眠れる森の醜女」は日本推理作家協会の
「推理小説代表作選集 推理小説年鑑 1972年版」に収録される。
1972年(昭47)に「オール讀物」に発表した「裂けた鱗」は日本推理作家協会の「推理
小説代表作選集 推理小説年鑑 1973年版」に収録される。
1972年(昭47)、日劇ミュージックホールで催された「エロスの狩人たち」の構成を手
がけ、また同年、日劇ミュージックホールで戸川昌子一座を旗揚げする。
1979年(昭54)に「小説新潮」に発表した「怨煙嚥下」が1980年(昭55)に第33回日本推
理作家協会賞短編部門の候補となる。
★映画★
乱暴者の世界 (2010)??? 出演??? ?
男女7人蕎麦物語 (2003)??? 出演??? シャンソン歌手
雀鬼3/治外法権麻雀 (1994)??? 特別出演??? ?
赤いスキャンダル 情事 (1982)??? 出演??? ?
レズビアンの世界-恍惚- (1975)??? 出演??? ?
鏡の中の野心 (1972)??? 原作/出演??? ?
猟人日記 (1964)??? 原作/出演??? 本田種子
★CD★
失くした愛CD (2003/12/25)
インモラル物語CD (2004/9/15)
ラスト・チャンス・キャバレーCD (2004/12/2)
商売やめた(2013/1/30)
★主なテレビ出演★
プレイガール(東京12チャンネル(現:テレビ東京))
徹子の部屋(テレビ朝日)
一枚の写真(フジテレビ)
ライオンのごきげんよう(フジテレビ)
ライオンのいただきます(フジテレビ)
おんなのTV
11PM
★作品リスト★
大いなる幻影 講談社(1962年) のち角川文庫、講談社文庫
猟人日記 講談社(1963年) のち角川文庫、講談社文庫
闇の中から 講談社 1964
契らずに 集英社 1965
蒼ざめた肌 文藝春秋新社 (1965年)のち徳間文庫
女人白道 サンケイ新聞出版局 1965 のち徳間文庫
ソドムの罠 講談社(1965年)
赤坂禁猟区 講談社(1966年)
白昼の密漁 講談社(1966年)のち文庫
緋の堕胎 講談社(1966年) のち双葉文庫
仮装行列 講談社(1967年) のち徳間文庫
揺れる女 講談社 (1967年)
深い失速 講談社(1967年) のち徳間文庫
銀座「どん底」附近 文藝春秋 (1967年) のち徳間文庫
眠れない夜の本―おんなの艶筆 青春出版社 (1967年)
夜の交差点 東京文芸社 (1967年)
蜃気楼の帯 読売新聞社 (1967年) のち講談社文庫
蜜の味 東京文芸社 (1968年)
もっと声を! 新潮社 (1968年)
夜のパスポート 講談社(1968年)
裂けた眠り 新潮社 (1968年)
赤い暈 新潮社 (1969年) のち徳間文庫
夢魔 講談社 (1969年) のち徳間文庫
悪魔のような女 講談社 (1969年)
夜の爪痕 東京文芸社 1969– (Tokyo books)
火の脈 東京文芸社 1969- (Tokyo books)
仮面の性 東京文芸社 1969- (Tokyo books)
蒼い蛇 徳間書店 1969
黄金の指 東京文芸社 1969- (Tokyo books)
壁の恋 東京文芸社 1969- (Tokyo books)
青い部屋の中で 文芸春秋 1969- (ポケット文春)
見知らぬ伴侶 東京文芸社 1969- (Tokyo books)
蒼き裸者の群れ 徳間書店 1970
赤い爪痕 徳間書店 1970
聖談とヌードの風景 ベストセラーズ 1970
狩りの時刻 講談社 1970 のち徳間文庫
幻影の牙 サンケイ新聞社出版局 1970 のち徳間文庫、双葉文庫
聖女 講談社 1971
透明女 光文社 1971 (カッパ・ノベルズ) のち徳間文庫
日本毒婦伝 講談社 1971 「悪女の真実」双葉文庫
東西妖婦伝 集英社 1972 (コンパクト・ブックス)
強制結婚 徳間書店 1972
水の寝棺 講談社 1972
牝の罠 徳間書店 1972
欲望の鎮魂歌 実業之日本社 1973 のち徳間文庫
男と女がいる町 東京文芸社 1974 (Tokyo books)
負け犬 東京文芸社 1974
生きるのはひとり その人に生命を燃やそうとするとき 青春出版社 1974
美しき獲物たち 文芸春秋 1974 のち徳間文庫
肉の復活 平安書店 1974- (Marine books)
戸川昌子ののぞき魔 ベストセラーズ 1976- (ワニの本)
金曜日の誘惑 講談社 1976
蒼い悪霊 徳間書店 1977.8
虹色の噴水 東京文芸社 1977.8
華やかなる氷河 光文社 (1977年) のち文庫
太陽の生贄 双葉社 1978.3 「霊色」文庫
女のひき語り―さまざまな音色で女の人生をうたう 文化出版局 (1980年)
ブラック・ハネムーン 双葉社 (1980年) のち文庫
どう燃えて生きるか―一度だけの自分・生きがいの見つけ方 青春出版社(1981年)
深海怪物の饗宴 徳間ノベルス(1983年) のち文庫
私がふたりいる 光文社文庫 (1984年)
火の接吻 26年目の不信の再会 講談社ノベルス (1984年) のち扶桑社文庫
落第ママでも子は育つ―高年出産はこわくない 国際文化社 (1986年)
女は二つの愛を持っている―常識ちゃん・自分ちゃん講座 青春出版社 (1987年)
嬬恋木乃伊 徳間文庫 (1987年)
静かな哄笑―怪奇ミステリー傑作集 光文社文庫 (1988年)
ドン・キホーテと口紅 主婦の友社 (1988年)
処刑台の祭り 光文社文庫 (1988年)
冷えた炎の如く―愛の毒に生きた女たち 徳間文庫 (1989年)
LA NAIT MAGIC―夜は魔術 (1990年) – いがらしゆみこと共著
子供は天使か小悪魔か ファラオ企画 (1990年)
人それぞれの道―VIP対論 ファラオ企画 (1990年)
今を自分らしく生きる 海竜社 (1990年)
こんな男はおやめなさい―愛という名の16章 文化創作出版 (1992年)
還暦離婚―いくつになっても再出発 ネスコ文春 (1995年)
黄色い吸血鬼 出版藝術社 (1997年)
蜘蛛の巣の中で 青谷舎 2000.2
戸川昌子 (昭和の短篇一人一冊集成) 未知谷(2008年)
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