青い部屋

ぼくのママン其の七:そして誰もいなくなった

mama08

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文章やメディアの持つ力というのは絶大だ。
物事の一面を取り出し、誇張し、作り手の主観で装飾し、時には改竄し、誘導させ、まるで違う事象を創り上げてゆくことができる。そこに読者の主観や願望が介入してひとつの印象を定着させてゆく。それが大衆的なメディア情報というものの本質である。

それゆえに面白味がでてくる。
ただ客観的な文章というものは退屈なものだ。
区役所などの文章を面白がって買う人などいないだろう。

けれど、それらは全て偽物だ。
一面的事実であったとしても、本質ではない。
人の手が加われば加わるほど、情報は本質からかけ離されてゆく。

ーーー俺が強制的にかぶらされた仮面はそうした材料で構成されていた。

戸川昌子の描く想念。イメージ。
読者の抱く願望。興味。
メディアによって付加された公衆性。大衆性。

そういったあらゆる情報が渦巻きながら、轆轤の上で焼き固められた仮面。出来上がった仮面。

それは俺じゃなかったーーー
そこに俺はいなかったーーー
どこにも俺の本当の顔は存在していなかったんだーーー

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その圧倒的なメディアの力に気付かされたのは小学校に入ってからだった。
ある日を境にして同級生たちが俺を避けるようになったのだ。

昨日まで一緒に遊んでいた友達の輪に入れない。
一緒に下校していた子たちが道を変えた。
友達に遊びの誘いをしても用事があると断られる。
家に電話をかけても両親が出て切られる。

ーーーうちの息子は今いませんよ

そんなはずないじゃないか?
なにがあったんだ?
どうしたんだよ?
仲間に入れてくれよ?

突然の変化。
自分では何か大きな出来事があったようには思えなかった。
誰かとケンカしたとか。
意地悪をしたとか。

だったらお前ん家行って遊ぼうよ。
俺、新しいゲームソフト持ってきたよ。

気の弱そうな友達を捕まえて、無理矢理家まで付いていったことがある。
インターホンを押す。母親が出てくる。
すると玄関先に出迎えにきた母親に行く手を遮られた。

ーーー学校から言われているの。ランドセルを置いていない友達とは遊んじゃいけないって。だから、そのランドセルを置いてからじゃないと家には入れられないわ。

ランドセルを置いてって…
今までそんなこと言わなかったじゃないか…
それに、ランドセルを置いて出直したら、もう夜になっちゃうよ…

俺はその頃、隣の区の小学校まで越境入学していたから。
バスと電車と乗り継いで往復二時間半はかかる。
どんなに急いだって、戻ってきた頃には5時を過ぎてしまうよ。
そのことはみんな知っていたはずだった。

5時は帰りのチャイムの鳴る時間
つまりは、遊ぶなってことじゃないか…

帰りがけのバスの停留所。
残酷な仕打ちに打ちひしがれ、ボッと空を見ていたのを憶えている。
公園に行ってサッカーをしたり、駄菓子屋に行って当たり付きのチョコ菓子を買ったり。
なんで、そんな当たり前のことができなくなってしまったのか。
子供だった俺は例えようのない怒りが込み上げ、ランドセルを地面に投げつけた。
お前さえなければ…お前さえ消えれば…学校がもっと近くにあれば…
そう思って何度もランドセルを蹴りつけた。

ーーー子供の頃の俺は本気で思っていたんだ。全部ランドセルのせいだって。
ーーーこのランドセルさえなければ、全てが解決するって。

でも、本当は違っていた。
戸川の書く連載の読者は、ちょうどお母さん世代の保護者たちだ。
その読者に向けて、戸川は赤裸々な文面で俺を描き続けていた。
それだけでなく、俺の周りに起きる出来事や友達のことまでも書いていたんだ。

記事はPTAの間で広まり、友達の両親はそれを嫌った。
自分たちの息子が戸川によってメディアに晒されることを極端に避けた。
当たり前のことだ。
普段家にいない戸川の情報源は、俺の日記や親同士の世間話。
その日記をコソコソと盗み見したり、又聞きしたりして文章を作っていた。
そこにはもちろん、友達の両親を喜ばせるような愛のストーリーなどは微塵もない。
ただのゴシップ。ただの噂話。
戸川昌子の子育てエッセイは、そこまで堕ちていた。

時には誰かと俺が口喧嘩をしたとか。
時には誰かがクラスで問題になっているとか。
そんな内向きで公共性のない情報を週刊誌に載せて世間へと発信していたのだ。

芸能人の息子。
あの子に関わるとロクなことにならない。
あの頃の俺はまるでエレファントマンだった。

大多数の友達は離れていった。
父親は向かえに来なくなった。
大好きなおばあちゃんは死んでしまった。
オカマやオナベは戸川昌子の言うことばかりを信じた。

ーーーそして、俺の周りには誰もいなくなってしまった…

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戸川はそのメディアと筆の持つ力というものを知っていたのだろうか?理解していたのだろうか?
息子から友人も何もかもを奪ってしまうほどの絶大な力。
抗うことさえできなかった圧倒的な暴力。
おそらく気付いていなかった。いや、気付こうとしていなかった。
ただ、乞われるがまま締め切りに追われ、感情のままに書き散らしていたに違いない。日常のルーティンワークとして、杜撰な観察を行い、それを記録していただけだ。それを自分の仕事だと頑に信じて。

戸川の描いた仮面がメディアを通して俺の顔に食い込む。
笑ったり、泣いたり、喜んだり、悲しんだり…
本当の俺の表情。
そのすべてをつくられた仮面が覆い隠してしまう。
仮面は吸い付くようにして俺の顔に張り付き、もう取れないのではないのかと思うほど俺を支配した。

本当の俺の顔は誰にも見えなくなってしまったーーー

あたしのママン/NERO

(続く)
(挿絵:ミロ

 

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