青い部屋

ぼくのママン其の参:金曜日のパパ

mama04

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幼稚園に上がりある程度手がかからなくなると、ある時から金曜日に男が迎えに来るようになった。

ーー彼は自分を父だと言った。
ーーパパだと名乗った。

周りもみんなもそうだと言ったので、これがパパなのだと思うようになった。
背広姿の彼は少し面映そうに笑顔を差し向け、俺のことを抱き上げる。
けれど玄関から先に入ることはなかった。

ーーいってらっしゃい

母は笑顔で見送る。
父も笑顔で答える。
そこで軽いキスなども交わす。
まるでドラマのワンシーン。
俺はパパと名乗る男の腕に抱かれてそれを見ている。

今思えばーー
父にとってもそれはドラマの一コマだったのだと思う。
俺がよちよちと歩き立ち上がるのと同じように、彼も父という役割を演じ始めたばかりの新米俳優だった。

彼は俺にとても優しかった。
おもちゃを買ってくれたり、キャッチボールをしてくれたり、少し大きくなると自転車の乗り方を教えてくれたりした。お正月には凧揚げなんかも一緒にやった。
それに、彼はコメディアンのように俺をよく笑わせてくれたから。

次第に俺は毎週金曜日、彼が迎えにくるのが楽しみになった。
金曜から日曜までの二泊三日、彼の家に行く。
すると彼の母、つまり俺のおばあちゃんが必ずカレーライスを作って待っててくれた。
俺はそのカレーライスが大好きで、必ずと言っていいほどおかわりをした。
おばあちゃんの作る手料理。
週末パパの教えてくれる少年らしい世界。
それが何とも言えずに楽しかった気がする。

ーーあの人には責任がないから
ーーなにも背負わなくていいから、あんたに優しくできるの

母の元に帰り週末の報告をすると、彼女は必ずこう言った。
確かにそれはそうなんだろうな。
たまに会うだけの関係でいいなら、いい面だけを見せて演じきることができる。
ただ、それが安物のドラマの俳優だったとしても、それでも何か嬉しかったんだ。

ーーそれは、俺自身が子供の仮面をつけられたからなのかもしれない。
ーー普段は着けることのなかった、当たり前の子供としての仮面を。

そんな関係が数年続いた頃だったろうか。
彼は突然迎えに来なくなった。
理由が一体なんだったのか、よく憶えていない。
そしてそれ以来俺も、ドラマの少年役を演じることがなくなったーーー

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ーーー別居結婚

俺の母、戸川昌子は自分の夫となる人物との同居をはじめから否定した。
これは一体どういうことだろうと思春期の頃に考えたことがある。
今であれば戸川昌子という人間をよくわかっているつもりだ。
けれども、幼少期の自分はよく悩んだものだった。

ーーなんで自分には父親がいないのか?
ーーなんでこの家には家庭らしさというものがないのか?
ーーだったらはじめから結婚なんてしなければいいのに?
ーー愛がないのなら子供なんて作らなければいいのに?

子供の頃の自分には到底理解ができないことだった。
他のうちの子にはお父さんがいて、お母さんがいて、家族という単位があって成立している。
けれどもうちにはお父さんがいない。
母親は仕事で出かけっぱなしで、ほとんど会うことがない。

とても寂しかった。
単純に母親と顔を合わせないのが寂しいのではない。
家族という最小単位のコミュニティが自分にはないことが、とてつもなく寂しかった。
寄りかかれる心の置き所がないことがとても悲しかった。

他の友達の家とは明らかに違う。
家に漂う空気が違う。
包まれている暖かさが違う。
友達の家に行くたびにその差異を感じ、なぜ自分はそれを持てなかったのだろうと感じた。

答えは単純だった。

ーーー別居結婚。

戸川昌子ははじめから家庭を作る気などなかったのだ。
女としての最後の重要な『体験』として、出産を経験したかった。
それだけだ。
だから夫ははじめから必要ない。経済的に頼る必要もない。
精子を提供してくれる種馬としての機能を夫に求めていたのだ。
そう考えると全てが腑に落ちるし、彼女もそれを認めている。
むろん夫側の家族との確執などもあったのは事実だろう。
けれど、本気で家庭というものを持ちたいのであればどうとでもなる話だ。

それは後年になって、彼女の著書を読むようになるとよくわかるようになった。
彼女はことあるごとにコラムなどに、家庭に入って炊事や家事をやるなんて考えられないと書いている。彼女の発想の中で重要だったのは、女としての出産体験。
母になること、ましてや家庭を持つことなど出産前の彼女は微塵も考えていなかったのだーーー

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ぼくのママン/NERO

(続く)
(挿絵:ミロ

 

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