青い部屋

ぼくのママン其の零:心臓とこころ

mama01

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二度目の心臓停止から生還したあと、不思議と体調は安定していた。
一度増えた点滴や強心剤なども翌日には外すことができた。
今ではペースメーカーと一日数度の抗生剤の点滴をするだけにまでなっている。
あの死の淵を見た時期からすれば、嘘のような回復だった。
あとは点滴での抗生物質治療を二週間ほど続けていくだけになる。
だから、ここからはもう闘病記とは呼べないのかもしれない。
ただ、俺にはまだ治すべき部分が残されている。
残された時間をその治療に当てたいんだ。
新しい、本当の人生を歩むために。
心臓とともに治療すべきはーーー

ーーーこころ
俺の心だーーー

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病室に母がいた。
ーーー戸川昌子
俺の母親ーーー

こちらの心臓専門病院に移って以来、病室に泊まり込んでずっと世話をしてくれていた。
身が不自由になった俺にずっと尽くしてくれていた。
昔より少しだけ小さくなった身体。
背中を丸めながら。
茶を淹れたり、洗濯をしたり。
その姿はまるで、失われた何かしらの日々を取り戻そうとしている贖罪のように見えた。
そして、それは俺も同じ気持ちだった。
初めて見せるかもしれない母の顔ーーー
息子の顔ーーー
ひとりひとりの人間としての顔ーーー

手術前の緊張感。いらだち。
手術後の不安や焦り。

病室にはそんな張りつめた空気が渦巻く時がある。
けれども、逆に不思議なぐらい落ち着いた気持ちで今までのふたりの人生を話したりもしていた。
生と死と命を前にして。
やっとお互いは心を裸にできたのかもしれない。
こんな時間が今まで何度あったろう?

ーーー不思議な関係だな。

絶対に許せないと思っていた人間と、もう30年以上も一緒に暮らしている。

外から見ている人からは、よく“仲の良い素敵な親子”なんて言われたりする。
“一緒に歌を歌えるなんてうらやましい”とも言われる。
あまつさえ、“NEROちゃんのタイプはお母さんみたいな人でしょ?”とさえ言われることもある。

いい親子…実際のところそんないいものはどこにもない。

ーーーイメージ 外殻 幻影 虚像

それはそれで良い。
別に言われていやな気持ちになる訳じゃない。
あえてそのイメージを逆手に取ってきたこともある。
それは嘘ではない。
けれど、一面だ。
物事とはもっと立体的で、多面的にできている。

どこの親子だって、みんな何かしらの葛藤や問題を抱えているものだ。
泣き、笑い、悩み、苦しみ、喜ぶ。
人生のそういったすべてを共有していくのが、親子という共生関係なのだから。

親も子も、みんな等しくひとりの人間。
望もうと望むまいと、どの人間だってみんな等しく誰かの子供なんだ。

それが生まれるということ。
誕生するということ。
命を授かるということ。
生命を紡ぐということ。

ただ、もしも明日この命がなくなってしまうとしたら…
次の瞬間がこの世界との永遠の別れなのだとしたら…

そう考えたときに、きちんと書いておきたかった。
誰でもない、自分の言葉で、文章で。

俺と戸川昌子、ふたりの親子の物語をーーー
そして、俺自身の物語をーーー

人間の物語をーーー

NERO/あたしのママン

<追記>
ーーー私小説
ーーーいつか書こうと思っていた
ーーーそれがいつなのかわからなかった
ーーーいちばん最初に死を宣告されたとき
ーーーそれが今なのだと気がついた

ずっとやりたかったことだ。
けれど、ずっとやれなかったこと。

人生を表現するということはとても勇気のいることだ。
魂の奥底までさらけ出す行為。
失うものもあれば、新たに得られるものもあるだろう。
それはどこか手術に似ている。
今回心臓を手術したように、その奥底に宿る心にもメスを入れていく。
執刀医は俺自身。ただ自分を乗り超えたいだけだ。
結果がどうなるのかなんて分からない。

ーーーそれでもいい
今やるんだーーー

(続く)
(挿絵:ミロ

 

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