青い部屋

NERO闘病記⑥:生命の呼吸

diary06

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ーーー抗生剤治療を続けてすでに2週間が過ぎようとしていた。
病院の生活もなかば日常となりかけた頃だったーーー

溺れるような寝苦しさを感じて、跳ねるように身体を起こした。
辺りはまだ夜ーーに見えた。誰かに首を絞められたのかと思った。
いや、深い深い底なしの海に足をとらえられ、奥へ奥へと引きずり込まれるような感覚。
急速に意識が持っていかれるような、それでいて永遠に続くような息苦しさ。

なんだ、今のはーーー

身体を起こしてもまだ呼吸は苦しかった。
なんとか深呼吸を試みるものの、深い呼吸が全くできない。
ベッドに腰掛け、浅く、細かく、何度も何度も、肩で息を吸う。
けれども吸った息を身体が撥ね付けるように咳き込んでしまう。
思わず口に手をやる。
すり切れたのどから血の混じった唾液が出て手を赤く染めた。
全身が心音とともに鳴り響く。
その速度は壊れたメトロノームのように上がり続けた。

ーーー生まれて初めて本物の死を感じた。
大きな闇が口を開けて体ごと飲み込んでいく感覚。
これまで、概念としての死にしか接していなかったのに気付く。
死んでやるとか、死ぬ気でやるとか、おまえなんて死んでしまえとか。
そんなものではなかった。
有無を言わせぬ漆黒。
急速に身体の方が縮んでゆき、きっとこれがブラックホールじゃないかと思うところに吸い込まれるようだった。

何度か息苦しさの波があったことまでは憶えている。
けど睡眠薬のせいなのか、それとも意識が飛んだのか、そこで記憶が途切れていた。

翌朝ーーーベットの中にうずくまるような体勢で目が覚めた。
シャツも寝間着も汗でびしゃびしゃになっている。
その重さが昨夜溺れかけたのが夢ではないことを物語っていた。

通りがかりの看護師を捕まえてそのことを説明すると、しばらくして担当医がやってきた。

「それは典型的な急性心不全の症状ですよ。今でも苦しいですか?酸素ボンベをつけますか?」

いまだに呼吸は肩でしかできない。俺はボンベの使用を申し出た。
チューブから送られてくる空気。それは天使からの救いのようだった。
このわずかなエアーでいったいどれだけ呼吸が楽になったことだろうーーー助かった。心の底からそう思った。

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ーーー俺は死をなめていた。
チューブだらけになって、管だらけになって、そんなにまでして生きていきたくない。
そんなことになるくらいなら死んだ方がマシだって。生きている意味がないって。
病気を知る前はそんな風に考えていたことがあった。

けれど、今は自分が管とチューブにつながれ、生かされている。
それを外したら死んでしまうかもしれない状況で生きている。
それをしているおかげで症状が緩和され、苦しみからわずかにでも解放され、明日への希望が残される。

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呼吸 俺の呼吸
かすかな流量で吸い込み、吐き出される
糸のような俺の呼吸

うすく開いた唇のあいだから、呼吸を伝いわずかに漏れ出る言葉…

死ぬ…もん…か…

(続く)
(挿絵:ミロ)

 

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