青い部屋

NERO闘病記③:初日の夜

diary03

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入院初日のことはぼんやりとしていてよく憶えていない。
陽炎の立ち上る砂漠の上を歩いているようで、現実のすべてがゆらめき、輪郭がぼやけていた。

病院に着くと点滴と車椅子が用意されており、あっという間に重症患者の出来上がり。
見慣れぬ息子の弱々しい姿を見て母は泣き、その涙に誘われて自分も泣く。
まるで鐘の音のように涙と感情が響き合い、互いの心を打ち続けた。
涙。それは、これからのこと、身体のこと、仕事のこと、それらの湧き立つ黒い不安を洗い流す為に流れているように思えた。

「明日さらに詳しい検査をしますので、もう一度病院に来て頂けますか?そこで詳しいことが言えると思います。」

病院の夜は早い。
医師の言葉にはっとして現実に帰る。
気がつけば消灯時間をとうに過ぎ、あたりは薄暗くなっていた??

ーー声。

また明日。また明日。明日は必ずくるから。休養だと思って、ゆっくり休みなさい。
そうだ、そうだ、これは神様が与えてくれた時間。時間なんだよ…そう思いなさい。

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白と黒。
それが初日の夜の病室の印象だった。
初めて過ごす病院での夜。
暗がりに白いベッドとカーテンが浮かび上がる。
流れ落ちる点滴のしずくと波紋が獅子落しのように妙に美しく見えた。

あれ…なんだろう、これ
俺…知ってる

記憶…遠い記憶…
小学校2年生の頃…

…おばあちゃん

ああそうだ、最後の病院での記憶は大好きだったおばあちゃんの病室だ。
足を怪我して、入院して、それ以来寝たきりになってしまったおばあちゃん。
病室のベッドの上で、点滴につながれて、ずっと天井を見つめていた。
俺が見舞いに行くと顔をしわくちゃにして喜んでくれた。
けれど、それから二度と家に帰ってくることはなかった。

おばあちゃんもこれと同じ風景を見ていたのだろうか?

テ レビや青い部屋の仕事で忙しく家にいない母親の代わりに、ずっと俺の面倒を見てくれていたおばあちゃん。ただいまと言ってランドセルを放り投げると、あら あらおかえりといってランドセルを片付けてくれた。おやつの時間になると甘い和菓子やお茶を入れてくれたおばあちゃん。大好きだったおばあちゃん。

けれど、おばあちゃんがそのまま病院からずっとずっと帰らなくなってしまって、俺にはただいまを言う相手がいなくなってしまった。ランドセルを片付けてくれる人がいなくなってしまった。
甘いおやつをくれる人もいなくなってしまった。

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あの頃は、家にいてくれない母親をずいぶんと恨んだものだ。
誰もいないガランとした家の中、寂しくて泣いていたこともあった。
今は俺が誰もいない家の中で母親を待たせている。

涙。やっぱりそれは心を洗い流すためのしずくだ。
流れたあと、気がつくと俺は眠りの中にいた。

(続く)
(挿絵:ミロ)

 

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