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j-chanson論:世界観としてのシャンソン再定義

こんばんは、支配人NEROです。

今日はJ-chanson論の第一回目として、基礎的なお話しをしたいと思います。

私は同年代などの皆さまと話すとき、シャンソンという言葉は使わず、まずは「音楽をやっています」と答えます。

その後に、たいていは『どんな音楽?』と聞かれるわけです。

そこで、『シャンソン』を唄っています、と答える訳なのですが、まずほとんどの人が『何それ?』となるわけです。

そんなとき、杓子定規に『もともとはフランスのポップスで、ピアフとかアズナブールとかがいて、戦後日本に入ってきて・・・』なんて答えてきましたが、聞いた方はまったく分からない様子で、『へえ、フランスの歌のカヴァーをしているんだ。よく解らないけど』という答えに行き着くことがほとんどです。そして、あまり興味を持ってもらえません。

それはそうでしょう。自分がそんな説明を受けてもまったく興味を持てません。なぜなら、そこに自分がないからです。どんなに頑張っていたとしても、それでは、ただの紹介者であり、もっと言えばマニアの戯れ言だと言うことです。

どんなにビートルズが好きでも、デビット・ボウイが好きでも、それを唄っているだけでは、ただのマニアックなカヴァー歌手に過ぎないのです。

少し、言葉が過ぎたかも知れませんが事実です。

そこで、このブログをやろうと決意しました。

『シャンソン』というジャンルを、『J-シャンソン』とし、『世界観』というステージにまで上げる。これを目的とします。

私が『シャンソン』に惹かれたのも、実にこの世界観です。

娼婦や囚人、ゲイ、レズ、自殺者、哀愁、憂鬱、等々・・・

およそこの世界のマイノリティーと呼ばれている、すべての人々や感情を歌う唄であったから興味を持ったのです。

かつての自分。それは、完全にマイノリティーでした。

母子家庭、いじめ、家庭内虐待、不登校、もつれ合った愛憎、依存症・・・

社会の規範からはずれ、救いのないような現状。

その心にシャンソンというピースが噛み合ったのです。

しかし、もともと音楽というのはそういった心の病に対する薬として作用してきたように思います。私自身、そういった心の癒しとして音楽を聴いてきました。

けれども、現状としてそういった『心の負』を受け止める音楽というのは数少ないと思います。アイドル産業などの提供する、適当かつ、根拠のない頑張りや、物語性の薄い音楽が溢れています。

そこに対する、陰陽の対極として『J-シャンソン』を提案したいのです。

もう、フランスからの輸入品としてのシャンソンの時代は終わりました。

そういった数々の名曲をリスペクトしながら、オリジナルを含めた『心象風景』をしっかりと描いていく音楽を作っていきましょう。それ以外に道はないと確信しています。

読んでくれてありがとう。青い部屋では、こういったスピリッツを持つオリジナルも大歓迎です。

次世代へ向けて。『シャンソンというものを本物のジャンルに変えるために』。

ぜひライブで会いましょう☆

NERO

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